2020年のひとりごと


[05/25] リドラーとして心がけたいこと

あれ、気がついたら今年ももうすぐ5月の終わりだというのにまだ「ひとりごと」書いてなかった…
というわけで新型コロナ禍の中で書く今年最初の「ひとりごと」です。

NHK朝ドラ『エール』の先週 (5/18~5/23) 分の放送では、主人公の古山裕一クンの曲作りができなくて悩んでいましたね。
カフェのマスターには「書けないのは、自分の音楽を作ろうとしてるからじゃないかな。自分がコーヒーを淹れるときは、飲む人の顔を思い浮かべながら淹れる」って言われていました。

これ、音楽に限らず、何かを作っている人にはつきものの問題ですよね。リドラーも例外ではありません。
解く人はこれを見てどう考えるだろうか、想定している解答手順は自分だけじゃなく他の人も思いつくものだろうか、ということを意識しながら作りたいものです。
まあ、私の場合、問題制作中によく思い浮かべるのは解答者が悩み苦しむ顔ですが (笑)。

…冗談はさておき、解答者の思考手順を想定し、その先にひとつ何か仕込みをしておくというのも出題者の楽しみのひとつです。解答者の一手先を読んでこその出題者!
問題は、作品制作が全然進んでないことですけれど (苦笑)。今年中にはひとつ出したいです。

[07/29] 「感染者数」≠「感染した人の数」?

新型コロナウイルスがまだまだ収まりませんが、ついさっき「東京の1日感染者220人」という速報を見てガクブル状態です (なお、これを書いている時点で真偽は確認できてません)。
一説にはこのような数字になったのは「PCR検査の数が増えたから」だそうです。

このような話になると「検査数が増えれば感染者数も増える」という表現をときどき見かけるのですが、それだと「検査が原因で感染が拡大する」かのように聞こえるんですよね。
なので、医学的な意味での「感染者」と、統計上の「感染判明者」は、区別すべきだと思うのです。
検査数が増えれば感染判明者数も増える。…これならしっくりきます。いかがでしょう。

同じことが大規模災害での「死者数」についても言えます。
「捜索が進むにつれて死者数が増えるものとみられる」という報道をときどき見るんですが、これだと捜索が原因で死亡する人がいるように聞こえませんか?
ここは「死者の発見数」と表現すべきところだと思うのですが、どうでしょうか?